伊是名島
実写(ライセンス済み)Kugel~commonswiki / CC BY-SA 4.0

沖縄・伊是名島No.667★★地図で見る →

伊是名島

history穴場——実はすごい

琉球の第二尚氏をひらいた王は、沖縄本島の北西に浮かぶこの小さな島で生まれた。両親の墓、その上のグスク跡、サンゴの石垣が並ぶ集落。港から数キロの範囲に、その筋書きがひととおり収まっている。

  1. 起点運天港(今帰仁村)
  2. 約55分村営フェリー・1日2往復
  3. 降車仲田港(伊是名村営フェリー)
  4. そこから
  5. 伊是名島

狙い目

隠れた島ではない。県の観光公式サイトにも項目があるし、船は公共の定期便として動いている。それでも静かなのは、船の定員がそのまま上陸できる人数の上限になるからで、しかも乗っている人の多くは帰省する島の人だ。

場所

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見どころ(歩く順)

伊是名玉御殿N / Public domain
  1. 仲田港定期船が着く島の玄関口。海沿いを数分歩けば観光協会がある
  2. 伊是名玉御殿初代国王の両親のために建てられた石造の墓。グスクの北斜面に建つ
  3. 伊是名城跡南東の岬に築かれた県指定史跡。三方が海に開けている
  4. 伊是名集落の路地西海岸に続くサンゴの石垣とフクギ並木。ハブがいないから残った風景
  5. 銘苅家住宅同じ集落に建つ国指定重要文化財。島の住まいの形をいまに伝える

実際の行き方

  1. 那覇→名護バスターミナル(高速バス)。そこからタクシーかレンタカーで運天港へ。
  2. 運天港→仲田港(伊是名村営フェリー・約55分・1日2往復)。
  3. 仲田港→伊是名玉御殿(海沿いの道を南へ徒歩15分ほど)。
  4. 玉御殿→伊是名城跡→西海岸の集落へ。サンゴの石垣と銘苅家住宅を見る。
運天港から村営フェリー
今帰仁村の運天港→(伊是名村営フェリー・約55分)→仲田港。1日2往復で、午前と午後に1便ずつ。運天港は本部半島にあり、那覇からは高速バスで名護バスターミナルまで行き、そこからタクシーかレンタカーで向かうのが一般的。車なら那覇から2時間近くみておきたい。
仲田港から戻る
帰りも同じ2便。午前と午後の早い時間に出る。夜の便はないので、日帰りなら暗くなる前に島を出ることになる。着いたときに時刻を確かめておくと安心だ。島をひととおり見たいなら、港の集落に小さな宿がある。
現在地からの経路を開く(Google マップ)↗

どんな場所か

伊是名島は、島がそのまま一つの村になっている。渡る船も、その村が持っている。土地は低く開けていて、道を走れば海がすぐ横にある。訪ねる先の多くは南東側に集まる。岬に築かれたグスクの跡と、その北の斜面に建つ、王の両親のための墓。この島にはハブがいない。だから古い家をかこむサンゴの石垣はコンクリートに積み替えられず、西海岸の集落の路地は昔の姿のまま残った。出発点は港になる。船が着くのがそこだからだ。

おすすめの楽しみ方

見どころより先に船の時刻を決めておきたい。午前の便で渡れば午後半ばまで島にいられて、港で足を確保しておけば、墓とグスク跡、それに西海岸の集落までは十分まわれる。残った時間は、民俗館か、生誕600年を記念して整えられた通水節公園に置くとちょうどいい。

歴史・背景

第二尚氏の王統は、この島に生まれた一人の男から始まる。南東の岬に残るグスク跡は県指定の史跡で、初代の城主は佐銘川大主(鮫川大主)と伝わる。先行する王統につながる人物である。その北の斜面に建つのが、のちの王が祖父母のために築かせた墓で、いまも尚氏の子孫が守っている。西海岸の集落に建つ銘苅家住宅は国の重要文化財に指定されており、島の暮らしを伝えるふれあい民俗館も村が開いている。

行く前に

現金
現金を用意しておきたい。運賃は港の窓口で払い、島の小さな店ではカードが使えないこともある。本島にいるうちに引き出しておくのが確実だ。
行く前に
風と波で欠航する。夏から秋の台風では数日足止めになることもあるので、村のフェリー運航情報を見てから動きたい。漂着した軽石で接岸できなくなったこともある。観光船ではなく生活の足なのだと考えておくとよい。玉御殿はいまも使われている墓なので、参道から静かに眺めるにとどめたい。
別ルート
隣の伊平屋島との定期航路はない。島の北にある内花港から伊平屋の野甫島へ不定期の渡船があり、二島をつなぐ道はこれだけになる。
降りたあと
仲田港から海沿いの道を南へ徒歩15分ほど。道が内陸へ折れるあたり、グスクの麓に玉御殿が建っていて、城跡への登り口もその横から始まる。同じ日に西海岸まで足を延ばすなら、島でレンタカーか自転車を手配しておきたい。