
佐賀・吉野ヶ里No.540★★★地図で見る →
吉野ヶ里歴史公園
〜弥生時代の環壕集落を復元〜
佐賀平野の弥生時代の大環壕集落跡を、そのまま公園にした国営公園。物見櫓や竪穴住居は発掘された場所の真上に建ち、村の見取り図がそのまま歩く順路になっている。
- 起点佐賀駅
- 約30分JR普通+徒歩15分
- 降車吉野ヶ里公園駅(JR長崎本線)
- 徒歩
- 吉野ヶ里歴史公園
場所
佐賀のほかの記事 14件・地図で開く →見どころ(歩く順)

- 歴史公園センター入口ゾーンの拠点。展示と映像で遺跡の全体像をつかめる
- 南内郭支配者層の居住域。物見櫓と竪穴住居が柵に囲まれて建つ
- 倉と市南内郭の西側。租税を納めた倉庫に、市を管理した市楼や祠堂が並ぶ
- 北内郭政治と祭祀の中枢。巨大な祭殿が中心に立つ一画
- 北墳丘墓歴代の王の墓。掘り出された甕棺が、出土した場所のまま置かれている
実際の行き方
- 佐賀駅→吉野ヶ里公園駅(JR長崎本線・普通で3駅)。
- 吉野ヶ里公園駅→公園東口まで徒歩約15分。駅から案内板が出ている。
- 東口→歴史公園センター。展示と映像で全体をつかんでから園内へ。
- 南内郭から北墳丘墓まで北へ歩き、同じ道を戻るか西口から神埼駅へ抜ける。
- JR長崎本線・佐賀駅から普通で
- 佐賀駅→(JR長崎本線・普通で3駅)→吉野ヶ里公園駅。そこから公園東口(メインゲート)まで徒歩約15分。特急はほとんど通過するので普通列車を選ぶ。博多方面からは鳥栖か佐賀で普通に乗り換えるとよい。
- 吉野ヶ里公園駅か神埼駅から戻る
- 吉野ヶ里公園駅まで歩いて戻れば鳥栖・博多方面へ、西口から出れば同じ路線の神埼駅へも同じくらいの距離で抜けられる。普通列車は夕方以降も走っているうえ、閉園は終電よりだいぶ早いので、帰りの時刻に追われることはあまりない。
どんな場所か
吉野ヶ里は、背振の山なみと佐賀平野のあいだにある低い丘の上、吉野ヶ里町と神埼市にまたがって広がっている。工業団地の造成にともなう埋蔵文化財調査で見つかり、弥生時代を通じて外壕が40ヘクタールを超える大集落へ育っていった過程が明らかになった。埋め戻さずに国と県が公園として整備し、遺構の上に盛り土をしたうえで、同じ位置に建物を復元している。環壕、柵、逆茂木、物見櫓、竪穴住居、高床倉庫。柱の穴が出た場所に、そのまま建つ。だから園内を歩くことは、発掘の図面を歩くことに近い。
おすすめの楽しみ方
開園は9時、閉園は17時。6月から8月は18時まで延びる。東口から入って北へ進めば、住居、倉と市、祭殿、王の墓と、当時の使われ方の順に見ていける。
歴史・背景
調査のきっかけは、開発に先立つごく普通の埋蔵文化財調査だった。そこから、環壕と祭祀の場、そして歴代の王を葬った墳丘墓をもつ集落の姿が出てきた。1991年に国の特別史跡に指定され、史跡としては最上位の扱いを受けている。公園として開かれたのは2001年で、その後も発掘は続いている。目の前の復元が、いまも書き換えられている途中だということでもある。
行く前に
- 現金
- 入園料は大人460円、65歳以上200円、中学生以下は無料。鉄道の運賃は別にかかる。
- 行く前に
- 休園日は12月31日と、1月の第3月曜日およびその翌日。復元建物は日陰の少ない開けた土地に建っているので、日差しも風も雨もそのまま届く。夜間の開園は、6月から8月の時間延長のほかにはない。
- 別ルート
- 西からなら同じJR長崎本線の神埼駅を使い、西口から入る。西口側は復元集落ではなく、芝生広場や遊具のあるゾーンにつながっている。車の場合は長崎自動車道・東脊振インターチェンジから案内が出ている。
- 降りたあと
- 吉野ヶ里公園駅から案内板に従って南西へ徒歩約15分で東口。道は平坦で、最後まで舗装されている。