
沖縄中部・うるま市No.799★★地図で見る →
平安座島・宮城島
沖縄本島東岸の沖に浮かぶ二つの島。浅瀬を突っ切る道で本島とつながる。平安座島には石油基地と砂嘴の集落、宮城島には海を見下ろす崖と台地の畑が広がる。
- 起点那覇
- 半日屋慶名までバス・その先は車
- 降車屋慶名バスターミナル(うるま市・勝連半島)
- そこから
- 平安座島・宮城島
狙い目
見落とされているのには理由がある。手前には有名な城跡があり、その先には創世神話の島がある。たいていの人はそこで曲がってしまう。タンクの列を見て引き返す人もいる。その奥の畑と崖にとっては、いささか気の毒な話だ。
場所
沖縄のほかの記事 41件・地図で開く →見どころ(歩く順)

- 海の駅あやはし館海中道路の中央に立つ休憩施設。琉球の交易船マーラン船をかたどった建物で、二階は市の海の文化資料館
- 平安座の集落島の西端、砂嘴の上に密集する家並み
- 平安座の石油基地埋立地に並ぶ貯蔵タンク。この道が造られた理由そのもの
- 上原とイーバルの台地標高およそ120メートルまで持ち上がる畑の台地。崖下に集落がある
- 果報バンタ宮城島北側の断崖の上の展望地。眼下に小さな浜とサンゴ礁が見える
実際の行き方
- 那覇から東行きのバスで島を横切り、勝連半島の屋慶名バスターミナルへ。
- 車かタクシー、島のバスで海の上の道を渡る。中間の海の駅で、行きも帰りも景色を見ておく。
- 平安座島では砂嘴の集落を回り、タンクの列を横目に宮城島へ進んで台地に上がる。
- 宮城島北側の果報バンタで締め、明るいうちに来た道を戻る。
- 東へバスで屋慶名、その先は車
- 那覇から島を横切って東へ、勝連半島の屋慶名バスターミナルまでバスで向かう。乗り換え地点であり、まともなターミナルがあるのもここまでだ。海の上の道はここから始まる。渡るのはレンタカーかタクシー、あるいは屋慶名と島々を結ぶ市の小さなバスになる。
- 屋慶名バスターミナルから戻る
- 来た道を屋慶名まで戻り、そこで那覇行きの便に乗る。島側のバスは本数の多い路線ではなく、一日の決まった便だけなので、車がないなら渡る前に帰りの接続を決めておく。車なら制約はないが、道には照明の乏しい区間があるので明るいうちに渡っておきたい。
どんな場所か
平安座島と宮城島は、沖縄本島東岸の勝連半島の沖にある。本島とつなぐのは、浅瀬を一直線に走る約5キロの道で、左右はどちらも海だ。道が最初に上陸するのが平安座島。西端の砂嘴に家がびっしりと並び、その背後に白い貯蔵タンクの群れが立つ。着くずっと手前から見えている。奥の宮城島はひと回り大きく、サトウキビや野菜の畑が広がる台地へと持ち上がり、集落は崖下に収まっている。二島のあいだの水道は埋め立てられていて、片方からもう片方へ移るときに海を渡った感じはしない。
おすすめの楽しみ方
光がいちばんいいのは午後の半ば。道の両側の浅瀬が翡翠と青に分かれて見える。中間の海の駅には行きも帰りも寄るといい。潮の高さで景色が入れ替わる。台地の上の道はすぐ走り抜けられるのに、気がつくと一時間経っている。展望地は日が台地の向こうに落ちる前に。
歴史・背景
アメリカの石油会社が最初に目をつけたのは宮城島だった。島は賛成と反対に割れ、反対側が用地の多くを握っていたため計画は進まず、基地は隣の平安座島に移る。その見返りとして会社が造ったのが海の上の道で、1972年に開通し、のちに地元自治体へ、さらに県へと引き継がれて公道になった。1982年には宮城島の先の伊計島へ橋が架かり、三つの島が一本の道で結ばれた。石油のために敷かれた道が、島々の生活の道になっている。
行く前に
- 現金
- 海の上の道も橋も通行料のいらない公道だ。現金は海の駅と集落の小さな店、それに乗車時に払うバス運賃のために用意しておく。
- 行く前に
- 道は水面すれすれの高さで、風も波もまともに受ける。台風の時季は渡る前に状況を確かめること。台地は仕事の畑で、細い農道をトラクターが走っている。展望地は落差のある崖の上なので、風の日は縁に寄らない。
- 別ルート
- 高速道路を使うなら沖縄北インターで降り、一般道で東へ抜けて勝連半島に入り、本島側の入口から海の上の道に乗る。
- 降りたあと
- 屋慶名バスターミナルは本島側にあり、そこから島まで歩ける道はない。最後の区間は島のバスかタクシー、車で進む。宮城島に上がってからも集落どうしは離れているので、車があるほうが動きやすい。