
飛騨・高山No.1161★★地図で見る →
高山陣屋
〜現存する唯一の郡代・代官所〜
高山の脇道にそのまま残る、江戸幕府の役所。幕府が直轄地を治めるために各地へ置いた出先機関のうち、建物ごと残ったのはここだけだ。裏手の米蔵まで揃っている。
- 起点高山駅(JR高山本線)
- 約10分高山駅から徒歩約10分
- 高山陣屋
狙い目
陣屋は高山の行程に必ず入る有料の施設で、知られていない建物ではない。違うのは、いつ出会うかだ。橋の向こうの古い町並より開くのが早く、門前の朝市はそれより先に立っている。つまり朝いちばんの一時間だけは、市と役所の両方をゆっくり見られる。昼を過ぎれば、同じ部屋を古い町並を歩き終えた団体客と分け合うことになる。
場所
岐阜のほかの記事 18件・地図で開く →見どころ(歩く順)

- 表門復元ではなく現存する建物のひとつ。市が立つ広場に向いて開く
- 玄関の大床波を模した吉祥文様「青海波」が描かれた広い板の間
- 御白洲取り調べと判決が行われた、法廷にあたる場
- 大広間三部屋続きの書院造。陣屋でいちばん広く、年始の式に使われた
- 真向兎長押の釘頭を隠す兎の飾り。子宝と火除けの縁起をかつぐ
- 御蔵奥に横たわる幕府の蔵。江戸期の米蔵として国内でも最古・最大級
実際の行き方
- 高山駅東口→東へ徒歩約10分。平坦な市街地の道。
- 朝市が立っているうちに、表門前の広場へ着く。
- 8時45分の開門後に入り、御役所の部屋と御白洲を順に見る。
- 奥の廊下から御蔵まで歩き、中橋を渡って古い町並へ抜ける。
- 高山駅から歩く
- 高山駅の東口、または隣の高山濃飛バスセンターから東へ徒歩約10分。平坦な市街地の道で、乗り換えも切符も要らない。入館料は表門の内側の窓口で払う。道の先は開けた広場なので、着く前から門が見えている。
- 高山駅へ戻る
- 西へ同じく十分ほど歩けば駅に着く。名古屋方面へは特急ひだで南下、富山方面へは北上、高速バスは駅隣のバスセンターから出る。一日の本数が限られた山の路線なので、帰り際ではなく町に着いた時点で発車時刻を見ておきたい。
どんな場所か
陣屋は高山駅から東へ歩いてすぐ、宮川の手前の岸に建つ。橋を一本渡れば古い町並、という位置だ。ここにあるのは城でも殿様の屋敷でもなく、行政の設備である。玄関、役人の詰める御役所、裁きの場、代官の居間、そして年貢の米を納める蔵が続く。幕府はこうした役所を直轄領に六十ほど置いたが、他はすべて壊されるか建て替えられるか、原形を失うまで転用された。建物ごと残ったのはこの一か所だけだ。そして表門の前の広場も、空き地ではない。
おすすめの楽しみ方
門が開くのは8時45分。表の広場の朝市は早朝から立ち、昼ごろには引ける。九時少し前に着けば、市を見てから開いたばかりの陣屋へ入るという順番で回れる。奥の御蔵まで続く長い廊下は、端まで歩いておきたい。部屋を見る時間から建物そのものを見る時間へ、そこで切り替わる。
歴史・背景
元禄5年(1692年)、幕府は飛騨を直轄領とし、これを治める役所をこの地に置いた。裏手の御蔵は役所より古く、慶長年間に高山城内で建てられ、元禄8年(1695年)にここへ移された。安永6年(1777年)には役職が代官から郡代へ引き上げられ、江戸から派遣された代官・郡代は通算25代を数える。幕府の支配は1868年に終わるが、建物は手放すには惜しく、そのまま地方の官庁として1969年まで使われ続けた。
行く前に
- 現金
- 入館料は大人が有料、高校生以下は無料。表門の内側の窓口で払う。広場と朝市を見るだけなら無料だ。市の売り手は地元の農家なので、カードだけでなく現金も持っておくと困らない。
- 行く前に
- 閉館は4月から10月が夕方5時、11月から3月はその30分前で、入館の締切はいずれも閉館の30分前。年末年始は休みになる。見学そのものは屋内なので、外を歩くよりは天気に左右されない。ただし門までの道に屋根はなく、冬は雪の積もる山あいの町だ。
- 別ルート
- 市街地をまわる「まちなみバス」が高山駅のそばから出ていて、「高山陣屋前」で降りられる。荷物があるときや雪の日はこちらが楽だ。高速バスも駅隣の濃飛バスセンターに着き、そこから東へ歩く道のりは同じである。
- 降りたあと
- 高山駅の東口から東へ十分ほど。宮川の手前の岸、赤い中橋を渡る一歩手前に、広場に向いて陣屋の表門が開いている。