杵築城下町
実写(ライセンス済み)Σ364 / CC BY 3.0

大分・国東No.877★★地図で見る →

杵築城下町

history穴場——実はすごい

国東半島の旧城下町。平らな二つの台地に武家屋敷を置き、谷に商人の通りを通した町で、店先から土塀まで石畳の坂が結ぶ。二つの武家地はどちらも今も残っている。

  1. 起点杵築駅
  2. バス約10分JR日豊本線+路線バス
  3. 降車杵築バスターミナル(大分交通・国東観光バス)
  4. そこから
  5. 杵築城下町

狙い目

杵築は幹線の駅を持ち、案内板もよく整っている。隠れ里ではない。人が薄いのは町のかたちのせいだ。駅は町の外にあり、二つの武家地はそれぞれ別の坂の上にある。短い滞在では片方の坂の上で一枚撮って引き返すことになりやすい。両方の台地を歩けば、通りはほとんど自分たちのものになる。

場所

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見どころ(歩く順)

杵築城Σ364 / CC BY 3.0
  1. 谷の商人町二つの台地に挟まれた町の底。両側に商家の店構えが続く通り
  2. 酢屋の坂谷から北台の武家地へ上がる石畳の坂。城下町の顔になっている一枚
  3. 大原邸と北台土塀と生垣と門柱の続く道沿いに残る、公開された武家屋敷
  4. 志保屋の坂と南台酢屋の坂と向かい合う坂と、その上に広がるもうひとつの武家地
  5. 杵築城河口を見下ろす台地の先端、旧天守台の上に建つ再建天守

実際の行き方

  1. 大分または小倉→杵築駅(JR日豊本線。特急ソニックの一部が停車)。
  2. 杵築駅→杵築バスターミナル(大分交通・国東観光バスで約10分。タクシーでも可)。
  3. 谷の通りを歩いてから酢屋の坂を登り、北台の武家地へ。そのあと南台へ渡る。
  4. 最後は東へ、河口を見下ろす杵築城で締める。
JR日豊本線と、駅からの路線バス
杵築駅は大分と小倉を結ぶJR日豊本線の駅で、特急ソニックの一部も停まる。ただし駅は城下町のなかではなく平野のほうにあり、最後の区間は大分交通か国東観光バスの路線バスで約10分。バスの時刻が合わなければタクシーでも同じ距離だ。
杵築バスターミナルから戻る
帰りのバスは、旧城下町のまんなかにあるバスターミナルから駅へ向かう。夕方になると特急の本数は落ちるので、二つ目の台地に登る前に最終の接続を確かめておきたい。二つの武家地は、地図で見るより歩くと遠い。
現在地からの経路を開く(Google マップ)↗

どんな場所か

杵築は国東半島の小さな藩の城下で、与えられた地形に素直に載せてつくられた町だ。平らな頂を持つ二つの台地があり、あいだに谷が走る。武家は北と南の高いところへ、商人は谷の底へ。段差をつなぐために石畳の坂が刻まれ、その結果この町は通りに沿ってだけでなく、上下にも読める町になった。見上げれば土塀と生垣と門、見下ろせば店構えが並ぶ。観光協会はこの配置を「サンドイッチ型」と呼び、日本でここだけの城下町とされている。二つの台地はどちらも今も残っている。

おすすめの楽しみ方

車で上まで行かず、谷から登るほうがいい。酢屋の坂から向かいの坂を見通す景色は、下からでないと成立しない。ここに立つと、町が上下に分かれている理由がひと目で分かる。午後遅くの光は北台の土塀の面を長く走る。着物を借りて坂を歩くのは地元が力を入れているところで、貸出は観光協会が担っている。

歴史・背景

この海沿いを中世に治めていたのは大友氏の一族である木付氏で、1394年に河口を見下ろす現在の台地へ城を移した。藩はのちに松平氏の手に渡り、江戸時代を通じて続く。二つの台地に武家屋敷を並べる構成もこの時代のものだ。城そのものは失われ、今の天守台に建つ天守は近代の再建である。土塀と門、そして商家の構えが残る通りは、国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれている。

行く前に

現金
坂も土塀の路地も谷の通りも、歩くだけなら無料。武家屋敷と天守はそれぞれ入館料が要り、料金は各入口に掲示されている。現金を用意し、特定の屋敷を軸に予定を組むなら観光協会の窓口で当日の料金を確かめておくとよい。
行く前に
屋敷も天守もそれぞれ休館日を持っているので、目当ての一軒が閉まっている日もある。石畳の坂は急で凹凸があり、雨の日は歩きにくい。夏は両方の台地とも日陰が少ない。冬の終わりには町じゅうに雛人形が並ぶ。
別ルート
車なら、高速道路の杵築インターチェンジから城下町まで数分。大分空港も同じ国東半島にあるので、半島を回って先へ進むならレンタカーがいちばん早い。
降りたあと
杵築バスターミナルからは南へ下って谷の通りに出る。石畳の坂はその通りを挟んで向かい合っていて、片方は北の台地へ、もう片方は南の台地へ上がる。城はさらに東、川の河口の上に立っている。