岡城跡
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大分・竹田No.903★★★地図で見る →

岡城跡

history王道を、いちばんいい形で

建物がひとつも残っていない山城。明治のはじめに取り壊され、あとには切り出した石だけが残った。二つの川に挟まれた溶岩台地の縁を、石垣が延々となぞっている。城下で育った少年が、この荒れた城から一曲を書いた。

  1. 起点大分駅
  2. 約1時間30分JR豊肥本線
  3. 降車豊後竹田駅(JR豊肥本線)
  4. そこから
  5. 岡城跡

場所

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見どころ(歩く順)

三の丸の高石垣Heartoftheworld / CC BY-SA 3.0
  1. 大手門跡城の正面。石垣で折り曲げられた枡形で、礎石が門の位置を示す
  2. 西の丸跡城内でいちばん広い曲輪。隠居所の御殿と馬場が置かれていた
  3. 太鼓櫓門跡中心部への最も狭い入口。巨石を隙間なく積んだ切込接の石垣
  4. 三の丸の高石垣最も高く積まれた一角。台地の縁からそのまま垂直に落ちる
  5. 本丸跡頂点の曲輪。藩主の御殿と、天守にあたる御三階櫓が建っていた

実際の行き方

  1. 大分駅→豊後竹田駅(JR豊肥本線)。
  2. 駅前から東へ、岡城跡の料金所まで歩く(タクシーでも数分)。
  3. 入城料を払い、坂を上がって大手門跡へ。
  4. 尾根を東へ、曲輪を順にたどって本丸跡まで。帰りは同じ道を戻る。
大分駅から豊肥本線で
大分駅→(JR豊肥本線)→豊後竹田駅。九州を横断する特急も停まる、竹田市の表玄関だ。列車が着くと駅に「荒城の月」が流れる。この町にとって岡城が何であるかが、それだけで伝わる。駅前から料金所までは1kmあまり、最後がのぼりになる。
豊後竹田駅から戻る
大分方面の列車は日中も走っているが、熊本方面の普通列車は本数が少ない。一周ルートに入る前に発車案内を見ておきたい。駅の中の観光案内所ではレンタサイクルを貸していて、帰りの坂がだいぶ楽になる。
現在地からの経路を開く(Google マップ)↗

どんな場所か

城が載っているのは海抜325mの台地だ。阿蘇の火砕流が固まってできた岩の上で、両側は川が削り取っている。守りの半分は地形が引き受けていた。石垣は断崖をそのまま上へ延長したように積まれていて、下から見上げると岩と石垣の境目が判然としない。地上の建物はひとつも残っていない。残っているのは石だけ。門と曲輪が尾根に沿って長い鎖のように続き、上の曲輪からは晴れた日にくじゅう連山や阿蘇が見える。

おすすめの楽しみ方

入城の受付は9時から17時まで。城は三つの散策ルートを示していて、本丸まで往復でおよそ30〜40分、西の丸を回って40〜60分、一周すると90〜120分。東側の下原門跡や御廟所まで届くのは一周ルートだけだ。瀧廉太郎の銅像は、遠くの山並みがひらける場所に立っている。結局そこで足が止まる人が多い。

歴史・背景

築城は文治元年(1185年)、兄に追われた源義経を迎えるためだったと伝わる。応安2年(1369年)以降は志賀氏の居城となり、天正14年(1586年)の島津勢の侵攻では若き城主・志賀親次が繰り返しの攻撃を退けた。「難攻不落」の名はここで生まれている。文禄3年(1594年)に中川秀成が入り、城全体を総石垣に造り替えた。明和8年(1771年)の大火で建物の大半が焼け、残りも明治のはじめに壊された。国の史跡に指定されたのは1936年のことだ。

行く前に

現金
入城料は高校生以上300円、小・中学生150円。20名以上の団体は割引がある。現金のほか、クレジットカード・交通系ICカード・QRコード決済も料金所で使える。
行く前に
12月31日から1月3日以外は毎日開いている。石垣の上に柵はなく、急な石段にも手すりはない。縁に近づかないこと。雨の日はもちろん、その翌日も石はよく滑る。
別ルート
豊後竹田駅からは「緒方・三重方面行」のバスで約5分、「岡城入口」下車、そこから徒歩15分ほど。車なら中九州横断道路の竹田ICから約7分で、料金所下の駐車場は無料。
降りたあと
駅を出て谷沿いの道を東へ。突き当たりの断崖の下に料金所があり、その横が駐車場だ。春と秋には料金所から城内の中ほどまで、無料の登城バスが走ることがある。