
会津・東山No.1102★★地図で見る →
東山温泉
〜会津若松の奥座敷〜
会津若松の南東、木立の谷に湯川が流れ、その両岸に宿が並ぶ温泉地。足湯、二つの歌碑、そして長い石段の神社が、いずれもバス停から歩ける範囲に収まっている。
- 起点会津若松駅
- 約15分まちなか周遊バス・30分おき
- 降車東山温泉駅(まちなか周遊バス)
- そこから
- 東山温泉
狙い目
会津ではよく知られた名前で、隠れ湯ではない。週末や紅葉の時期には宿が埋まる。ただ、この町が端から端まで歩ける大きさだということは、意外と見落とされている。足湯も、川辺の歌碑も、屋根の上へ延びる神社の石段も、宿の中ではなく外にある。だから満室の日でも、通りのほうは静かなままだ。
場所
福島のほかの記事 20件・地図で開く →見どころ(歩く順)

- 東山温泉駅バス停温泉街の入口。周遊バスが停まり、すぐ横に観光協会が構える
- 湯川沿いの宿の並び谷の壁に張りつくように、両岸へ木造の旅館が連なる一帯
- 東山温泉の足湯川沿いの道に面した屋外の足湯。泊まらなくても使える
- 与謝野晶子と竹久夢二の歌碑新滝橋のたもと、湯川をはさんで向かい合う二つの歌碑
- 羽黒山湯上神社屋根の上に鎮座する山の神社。町なかから1,225段の石段が続く
実際の行き方
- 会津若松駅→東山温泉駅(まちなか周遊バス「あかべぇ」・約15分)。
- バス停から湯川を上流へ。両岸の宿並みを見ながら歩く。
- 足湯で一息ついて、新滝橋のたもとの歌碑二つまで進む。
- 羽黒山湯上神社の石段を登り、同じ停留所へ下りてくる。
- 会津若松駅から周遊バス「あかべぇ」
- 会津若松駅→(まちなか周遊バス「あかべぇ」・約15分)→東山温泉駅。あかべぇは飯盛山・武家屋敷の側へ出て、早い段階で谷に下りてくる。対になる「ハイカラさん」は同じ環状路線を逆回りし、七日町と鶴ヶ城をまわってから来るので、同じ停留所まで35分ほどかかる。運賃はどちらも同じだ。
- 東山温泉駅から戻る
- 帰りも同じ停留所から乗るが、行きに遅かったほうが今度は速い。谷からは、ハイカラさんが飯盛山経由で駅へ戻り、あかべぇは鶴ヶ城の側を大きく回っていく。夕方には運行が終わるので、遅い便を当てにせず、停留所に出ている最終時刻を見ておきたい。
どんな場所か
会津若松の南東で、湯川が山から下りてくる。その谷間にそのまま建てられたのが東山温泉だ。宿は両岸に、斜面に押しつけられるように立ち、川の上へ廊下を張り出した古い木造の建物も残っている。湯は硫酸塩泉。会津の人はここを城下の「奥座敷」と呼んできた。かしこまった用が済んだあとに客を通す部屋、という意味である。芸妓の文化もまだ生きていて、唄と踊りは通りで見るものではなく、宿を通して席を頼むものだ。
おすすめの楽しみ方
石段には時間を別に取っておきたい。神社まで登っておよそ半時間、しかもここだけは明るいうちでないと厳しい。周遊バスは両方向とも30分おきに来るので、着いて、通りを歩いて、足湯に浸かって、また乗るという回し方ができる。いちばん混むのは紅葉の時期で、冬になると同じ屋根が雪をかぶった景色に変わる。
歴史・背景
湯を開いたのは8世紀の僧・行基と伝えられ、三本足の烏に導かれて見つけたという話が残る。町の言い方に従えば、1,300年を超える歴史ということになる。江戸時代には会津藩の湯治場として使われ、のちに奥羽三楽郷のひとつにも数えられた。文人も湯を追ってきた。与謝野晶子と竹久夢二がここで詠んだ歌は、いま川べりの石になって立っている。
行く前に
- 現金
- 通りも足湯も石段も、歩くだけなら費用はかからない。周遊バスはどちらも降りるときに払う均一運賃で、1日フリー乗車券もある。ただし運賃は何度か改定されているため、印刷物の数字ではなく、運転士か窓口で今の額を確かめたほうが確実だ。
- 行く前に
- 神社の石段は長いうえに照明がない。明るい時間に登る前提で組みたい。会津の冬は雪が深く、谷の道はその分狭くなる。紅葉の時期がいちばん混み、宿も早くから埋まる。
- 別ルート
- 車やタクシーなら会津若松の中心部から10分ほど。到着が遅くなったときや荷物が多いときは、こちらのほうが早い。
- 降りたあと
- バスは温泉街の中ほど、東山温泉駅で降りる。停留所のすぐ横が観光協会で、そこから川沿いの道が始まる。足湯も石段の登り口も、川上へ数分だ。