
千葉・房総大多喜No.546★★地図で見る →
大多喜 城下町
房総の内陸にある小さな城下町。駅から城跡の丘まで、古い表通りが一本まっすぐ伸びている。本多忠勝が構えた城の跡が丘の上に残り、通り沿いには江戸末期の商家がいまも建つ。
- 起点東京駅
- 約2時間30分特急+代行バス
- 降車大多喜駅(いすみ鉄道・代行バス運行中)
- 徒歩
- 大多喜 城下町
狙い目
大多喜は観光のために保存された一角ではなく、人が普通に暮らしている田舎町だ。だから週末でも静かで、それは誰かが演出した静けさではない。加えて、いすみ鉄道が脱線事故で運休し代行バスに切り替わっているぶん、訪れる人はさらに減っている。同時にそれが、この旅に下調べの要る最大の理由でもある。
場所
千葉のほかの記事 50件・地図で開く →見どころ(歩く順)

- 大多喜駅城下町の中心に立つ、木造の小さな駅舎
- 渡辺家住宅表通りに面した江戸末期の商家。個人宅のため外観のみ
- 大多喜町商家保存資料館(旧釜屋)明治初期の土蔵造り。質屋から金物店になった建物
- 大井戸と薬医門同じ史跡指定に含まれる遺構。隣接する高校の敷地に残る
- 大多喜城本丸跡町を見下ろす丘の上の千葉県指定史跡。天守を模した館が立つ
実際の行き方
- 東京駅→大原駅(特急わかしお、およそ80〜85分)。
- 大原駅→大多喜駅(いすみ鉄道代行バス。本数が少ないので最新の時刻表を確認)。
- 大多喜駅→表通りの渡辺家住宅・商家保存資料館へ(最初の一軒まで徒歩3分ほど)。
- 表通り→丘の道を上って大多喜城本丸跡へ(駅から15分ほど)。
- 特急わかしおで大原へ、そこから代行バス
- 東京駅から京葉線・外房線経由の特急わかしおに乗り、大原駅へ。時刻表上はおよそ80〜85分。大原でいすみ鉄道の代行バスに乗り換え、線路と同じ経路をたどって大多喜駅まで行く。通常の鉄道より本数がかなり少ないので、出発前に接続を調べておきたい。
- 大多喜駅から戻る
- 代行バスで大原駅まで戻り、特急わかしおで東京駅へ。どちらも本数が細く、使える最終の接続は夜になる前に終わる。町を歩き始める前に、帰りの時刻を決めてしまうのが安全だ。
どんな場所か
大多喜は房総半島の内陸、夷隅川が刻んだ丘のあいだにある。町はいまも、つくられたときの形のまま読める。ほとんどの用は一本の通りで足りる。駅前から始まり、商家の前を通り、突き当たりで本丸跡の丘へと上がっていく。本丸跡は、大井戸と薬医門を含めて千葉県の史跡に指定されている。丘の上には天守を模した建物が立ち、県立中央博物館の分館が入る。建物自体は改修のため閉じているが、敷地は閉じていない。博物館の案内にも、敷地内からなら城の写真を撮ってよいと書かれている。
おすすめの楽しみ方
駅を出たら、まず商家から。渡辺家住宅までは通りを歩いて3分ほどで、同じ駅前から本丸跡の丘までは15分ほど登る。平らな道を先に、丘を後にすると、町の見当がついた状態で城跡に立てる。なお渡辺家住宅はいまも人が住む個人宅で、中には入れない。道から外観を見る建物だ。
歴史・背景
天正18年(1590年)、徳川家康は本多忠勝を大多喜に置いた。城は房総内陸における徳川方の拠点となり、その足元で城下町が育っていく。人と物が行き交えば商人が力を持つ。その一軒が表通りに残る渡辺家住宅で、嘉永2年(1849年)の建築、昭和44年(1969年)に国の重要文化財に指定された。同じ通りには、造り酒屋や旅館など、国の登録有形文化財となった建物がいくつも並んでいる。
行く前に
- 現金
- 城跡の敷地に改札はなく、通りや町家も外から眺めるぶんには費用はかからない。商家保存資料館は入館料が要る。小さな町なので現金を持っていきたい。運賃や入館料は改定されることがあるため、出発前に各事業者と町の案内で確認するとよい。
- 行く前に
- いすみ鉄道は国吉〜上総中川間の脱線事故により全線で運転を見合わせ、代行バスに切り替えている。事業者の案内では復旧見込みは2027年秋頃。丘の上の天守を模した建物も改修で閉じているが、周囲の敷地には入れ、上りは普通の車道を歩く。
- 別ルート
- 東京駅のバスターミナル東京八重洲からは、アクアライン経由で大多喜へ向かう高速バスがある。大原での乗り換えが要らない。町と運行会社はいずれも片道2,100円・1日6便と案内している。停留所は駅前ではなく町なかなので、どこで降りるか先に確かめておきたい。
- 降りたあと
- 大多喜駅を出ると、駅前から古い表通りが始まる。商家の前を通り過ぎ、そのまま丘へ上がる道に入ると本丸跡に着く。駅から徒歩15分ほど。