
福岡内陸・英彦山No.1085★★地図で見る →
英彦山神宮
日本三大修験の一つに数えられる霊山の中腹に構える神宮。道端の銅の鳥居から杉木立の石畳を上がると、消えた宗教都市の跡の上に、大きな奉幣殿が現れる。
- 起点小倉駅
- 約2時間JR+BRT+町バス
- 降車彦山駅(JR九州 BRTひこぼしライン)
- そこから
- 英彦山神宮
狙い目
英彦山は九州ではよく知られた山で、紅葉の季節にはかなりの人が入る。訪ねられていない場所ではない。意外なのは、建っているものより失われたものの量のほうだ。参道は、消えてしまった宗教都市の空の土台のあいだを通っていく。それを読みながら歩くのは、社殿を撮って帰るのとは別の訪問になる。
場所
福岡のほかの記事 28件・地図で開く →見どころ(歩く順)

- 銅の鳥居参道の入口に立つ高さ約7mの青銅の鳥居。国の重要文化財
- 石畳の参道鳥居から奉幣殿まで、杉木立のなかを石畳と石段で上がる道
- 坊舎跡の石垣参道の両側に段々と残る、修験者が暮らした坊の土台
- 奉幣殿石垣の上に構える大きな社殿。いまも祭祀の中心になる建物
- 下津宮奉幣殿の上手に立つ社。峰へ続く登拝路の途中にある
実際の行き方
- 小倉駅→添田駅(JR日田彦山線)、添田でBRTひこぼしラインに乗り換えて彦山へ。
- 彦山→銅の鳥居(添田町バス・豊前坊方面)。
- 銅の鳥居から石畳の参道を、坊舎跡の石垣を見ながら奉幣殿まで上がる。
- 「銅の鳥居」バス停に戻り、彦山行きのバスへ。時刻には余裕をとっておく。
- 日田彦山線で添田へ、BRTで彦山へ、そこから町バス
- 小倉駅→(JR日田彦山線)→添田駅→(JR九州 BRTひこぼしライン)→彦山→(添田町バス・豊前坊方面)→銅の鳥居。小倉からおよそ2時間を見ておく。BRTも町バスも本数の少ない路線なので、駅で調べるのではなく、出発前に接続を確かめておきたい。
- 彦山へ下りてBRTに乗る
- 銅の鳥居のバス停から町バスで彦山へ戻り、BRTで添田、日田彦山線で小倉へ。三本の地方路線を乗り継ぐ帰り道で、実際に使える最終便は都市の感覚よりかなり早い。着いたときにバス停の時刻表を撮っておくとよい。バスがなくなったときは、彦山からタクシーが最後の手段になる。
どんな場所か
英彦山は福岡と大分の県境にまたがり、北岳・中岳・南岳の三峰で標高1,199mまで立ち上がる。その西の山腹を段々に下りるかたちで、神宮の社殿が並んでいる。出羽の羽黒山、大和の大峰山と並んで、日本三大修験の一つに数えられてきた山だ。訪ねる人が歩くのはその下半分になる。県道沿いに立つ銅の鳥居、そこから杉木立を上がる石畳と石段の参道、そして祭祀の中心となる奉幣殿。参道の両側は石垣で段に切られていて、これはかつて山に暮らした修験者たちの坊の跡である。
おすすめの楽しみ方
銅の鳥居から歩いて上がりたい。スロープカーに乗ると、参道の両側に段々と残る坊舎跡が、ただの風景として流れてしまう。山頂の上宮まで足を伸ばすなら別の半日と考え、上部の登山道は補修で閉じることがあるので、神宮と町の告知を先に読んでおきたい。
歴史・背景
この山は英彦山権現を戴く神仏習合の霊場として育ち、江戸期の最盛期には、斜面に並ぶ数百の坊舎に数千人規模の修験者が暮らしていた。いまの奉幣殿は1616年、小倉藩主の細川忠興が再建したもので、建つ場所は修験の中心だった霊仙寺の大講堂の跡にあたる。その下に立つ銅の鳥居は1637年、佐賀藩主の鍋島勝茂が寄進した。1729年には霊元法皇から「英」の一字を賜り、彦山は英彦山になった。
行く前に
- 現金
- 参道も銅の鳥居も境内も、料金なしで歩ける。参道脇のスロープカーは有料で、奉幣殿では御守や御朱印が授与されている。どちらも現金のやりとりで、添田を離れるとカード決済もATMも急に少なくなる。スロープカーの運賃は町が定めていて改定もあるため、当てにする前に確認しておきたい。
- 行く前に
- 参道は全区間が石で、休まず上りが続く。雨のあとは滑りやすく、暗くなれば明かりもない。スロープカーは路線の一部だけの運行が続いているので、それを前提に計画を立てず、当日の運行を町のページで確かめること。神宮より上の登山道は上宮の補修で閉じることがあり、三峰の縦走も日を限って開かれる扱いになっている。
- 別ルート
- 車なら大分道の杷木インターから山道を上がり、社殿の下の別所駐車場へ。彦山駅からタクシーを使っても同じ道をたどる。大分側からは、県境を越えて中津から入る道もある。
- 降りたあと
- 彦山からの町バスは山道を上がって「銅の鳥居」に着き、青銅の鳥居のすぐ横で降ろしてくれる。参道はそこから始まる。鳥居をくぐって石畳に足をかければ、道は分かれずに奉幣殿まで続いている。