コラム 2026年10月1日

草津の湯畑では、湯の花を手で採っている

湯けむりの向こうで、木の樋が何本も並び、その中を湯が流れていく。草津温泉の真ん中にある、湯畑だ。たいていの人は、この景色を写真に撮って次へ向かうのだと思う。

名前をよく見ると、湯の「畑」と書く。草津温泉観光協会は、この名前を「湯の花を採取できる畑」と説明している。そして実際に、ここでは湯の花を採っている。

源泉は、この畑の中にある。文化庁の解説によれば、湧き出る湯は毎分4,040リットル、温度は52.7℃、pH2.1の強酸性。湯は、長さ約40メートルの木の樋7本を通るものと、樋を通らないものに分かれる。

湯けむりの中に並ぶ湯畑の木の樋
湯畑の湯樋。この中を源泉が流れていく。(写真: Aspere / CC0)

湯は空気にふれながら樋を流れ、そのあいだに冷めていく。成分は樋の底にたまる。それが湯の花だ。

採るのは人の手だ。草津温泉の「泉質主義」サイトによると、2か月に1度、湯をいったん止めて、手作業で掻き取る。

不思議なのは、pH2.1の強酸性の湯を、木の樋で流していることだ。同じサイトによれば、樋は松ヤニの染みた、厚さ5センチの松材。酸性の湯に耐えるには、脂をたっぷり含んだ松や檜が最適なのだという。文化庁の解説では、樋が置かれたのは明治20年代で、いまも不定期に付け替えられている。いまの樋には、樹齢150年以上の赤松が使われている。

大正期の湯畑。樋が並び、手前に木の柵がある
大正期の湯畑。樋が並び、柵はまだ木だ。(写真: 撮影者不詳/国書刊行会『写真集 明治大正昭和 あがつま』より・パブリックドメイン)

柵も変わった。昭和に入るまで柵は木で、昭和9年(1934)に石になった。いまの石の柵は、昭和50年(1975)に、岡本太郎が代表を務めた現代芸術研究所が設計したものだ。

行くなら、その石の柵に寄って、樋の中をのぞいてみてほしい。湯は、旅館や共同湯など町の80か所以上へ送られていく途中にある。樋の底には、次に掻き取られる湯の花がたまっていく。

町の土産店や旅館で売っている草津町の「湯の花」は、この樋の底にたまったものを採って、乾かしたものだ。

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